(Lore. 2012. オーストラリア・ドイツ)
【あらすじ】
お父さんはとんでもない悪党でした。
※結末に関するネタバレあります。
【感想】
一筋縄ではいかない映画でした。あらゆる意味で。
ホロコーストを扱った映画は数あれど、ヒトラーの子供たち、つまりはナチス側だった人間を中心としたものって今まで観たことなかったような。なにしろ知識があまりにもなさすぎるのが恥ずかしいところですが、とにかく、ナチスは「悪」なのだ、ということは日本人の私でも、別に特別に刷りこまれているわけでもなく認識としてありました。
そのような自分でも意識していないような思いで、私は最初あたりはこの映画を観ていたような気がします。私はかなり涙もろくて朝の15分間のドラマを観ても一瞬で泣いちゃうくらいなんですが、本作で主人公の14歳の少女ローレが父親と別れ、母親とも別れてしまう場面を目にしても泣けませんでした。いや、泣けませんでした、と言ってしまうのは薄っぺらいとは思うものの、一方で「そんなの当たり前じゃないか」とどこかで感じていたような気がするのが今振り返ると怖い。
でも本作自体、ローレに無駄な感情移入を促すような要素がそもそもないのです。話は一定のリアルさを保ちながらも淡々と進んでいきます。今触れた感情移入どころか、無駄なものは一切ありません。BGMもほとんど覚えていないくらい流れなかったような気がするし、説明的な台詞も、何もかも。何かを暗示させるような物事を無言で、ただ美しく、ときに不気味で残酷な映像で提示されていく2時間でした。いや、ほとんど美しかったです。
印象的だったのは、人物に物理的距離を迫るようなカメラワーク。ローレの気品漂うきれいな顔立ちがまぶしいと何度も思いました。彼女の肌のきめ細かな部分まで目に入るようで、長い旅路の中でついた顔の傷もリアルでただただ痛々しかった。
そんなローレとその妹や弟たちが旅の途中で出会う青年トーマス。は、実はユダヤ人。ローレは彼をユダヤ人として毛嫌いする一方、抑えきれない思いを大きくしていきます。この2人が視線を合わせる場面が何度かあるのですが、どれも切り取って繰り返し眺めたくなるほどきれいだった!
ところがこのトーマス、実はユダヤ人ではなかった???ということが終盤になって、彼がローレたちのもとを去ってからわかるんですね...これが憎いというか何と言うか。「アメリカ人はユダヤ人が好きだから」という理由で、ユダヤ人だった他人になりすましていただけなのでした。ナチスの娘がユダヤ人の青年と出会って恋に落ちて...という、まあ実際にあったかもしれないということは別にしてある種のファンタジーのような、そういうものを作る気はさらさらないのです。
かわりにローレにつきつけられた真実は、これはあくまで私の見解ですが、単純に言えば人間はみんな一緒、という普遍的なものだったのでは。ユダヤ人(だと思っていた)青年トーマスにどうしようもなく惹かれながらも、彼がユダヤ人(だと思っていた)ということで最終的には心を許せなかった。でも実際はその彼もユダヤ人ではなかったかもしれなくて。トーマスへの嫌悪感も、彼が犯した殺人も、すべては彼が「ユダヤ人だから」ということでなんとなく納得してところがあったのでは、とローレに対して思います。
最後に、ローレがトーマスがもっていた(本物の)トーマスの身分証明書の中を開き、(本物の)トーマスが幸せそうにほほ笑む写真を取りだして見ていたのが印象的。以前の自分と何ら変わりない、幸せそうな光景。自分の父親が、大好きだった父親が、彼の幸せを奪ってしまったのだ。この事実に押しつぶされそうになる。
こうして、ローレの世界は900キロに及ぶ旅を経て崩壊し、そして再生します。
【個人的注目ポイント】
というか、何と言うか...トーマスはなぜ去ってしまったのでしょう。
ファンタジーを否定しておいてなんですが、トーマスも嘘をついているのが辛くなってしまったのではないかと。確かに赤ん坊と一緒にいれば得することは少なからずあるとは言え、ローレたちといるときのトーマスは確かに幸せそうに見えたのだけどなあ。そのあたりが曖昧というか、心をつかまれてしまったというか、すごく気になりました。ローレとトーマスが顔を合わせず寝そべりながら指を絡め合わせるシーン、その様子をローレの側から撮るカメラワークが素晴らしく美しかっただけに!
また、やっぱりトーマスはユダヤ人だったのではないかなあという思いも捨てきれず。腕に番号のようなものがありましたしね。彼なりに葛藤があったのかも。ローレがなかなか自分に心を開いてくれないのも、自分がユダヤ人だからということをトーマス自身わかっていたはずだし。そんなローレが誇りを捨てて最後には自分に縋ってきた...喜べばいいのか、何なのか。いいえ、トーマスも辛かったんでしょうね。ローレがそこまで誇りを犠牲にして思いをぶつけてきたのには。耐えきれなくなって、別人になりすましているのだという負い目もあって、八方塞がりになった。だからこそ彼は去ったのだ、とも解釈できるわけです。というか、考えれば考えるほどそんな気がしてきた...深すぎますよ、「さよなら、アドルフ」...
アカデミー賞の外国語映画賞では最終選考には残らなかったみたいですが、既に私のオールタイムベスト映画に入りそうです(わりとどうでもいいですか