2020/10/18

ホンモノの気持ち

 


Zoe, 2018, 米)


Netflix にて鑑賞。


人間そっくりなアンドロイド「シンセ」が普及した近未来。

人間関係の改善に取り組む研究所で働く女性ゾーイは、

新たなシンセ・アッシュの製作の責任者を務める同僚のコールに

恋心を抱いていた。

ある日、自分の思いをコールに伝えたゾーイは、

彼から衝撃的な事実を聞かされる。

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どこか輪郭がぼんやりして、夢のようにゆったりとした映像。

サントラもドリームポップが多い。

映像にかかわった経験はまったくないものの

作品の撮り方が自分にはわりと大切だと感じている。

撮り方が「好きだな」と思った作品をずっと観てしまう。


作品の景観は、近未来が舞台のはずだけれども現代とそれほど変わらない。

ゾーイたちが働く研究所も、とてもアンドロイドを作っているような

たいそうなものには見えない(むしろインテリアショップのような普通の建物)。

現代との違いは「シンセ」がいるかどうか。

このような素朴なSFの描き方がとても好みで、あらすじよりも印象に残った。

AI開発がすすむ現代と、すでに地続きになっている問題なのだ、

という製作側のメッセージなのかもしれない。


唯一引っかかったのがこの邦題だけれども、鑑賞後はそれほど気にならず。

一貫したテーマは「"本物"なのかどうか」

研究所では、瞬時に人と恋に落ちる薬の開発もすすめられ、

そうやってつながったところで、人間どうしの気持ちさえ「本物なの?」

と疑問がうまれる。

冒頭では、恋人どうしの関係が継続する確率を測定する機械も登場する。

確率が高ければ安心なの?本物の関係なの?

そもそも"本物"とは何なのだろうか。

だれかに教えてもらえるものなのだろうか。

本物「ではないもの」なら、なんとなくわかるような気もする。

本物「ではないもの」と比べることによってのみ

なにかが見えてくる。

それを一応、自分のなかで「ほんものだ」ととらえることしか

できない、というか、それがすべてではないだろうか。


この作品そのものはハッピーエンドだったものの

自分の実際の人間関係についてまで考えたくなってしまうような

そんな映画体験だった。

2020/04/30

ショート・ターム


(Short Term 12/ 2013年アメリカ)



Amazon プライムにて鑑賞。映画をみてひさしぶりに感想を残したくなったので。

問題を抱えた10代の子供たちを預かるグループホーム「ショート・ターム12」で
ケアマネージャーを務めるグレイス。
彼女は同僚のメイソンと長く恋人関係にあり、
ある日彼との子供を妊娠していることがわかる。
彼に素直に気持ちを打ち明けられず、すぐに中絶の予約をいれてしまう。
グループホームでは、自傷の経験のあるジェイデンを受け入れる。
グレイスは、ジェイデンが父親から虐待をうけていることを見抜く。
恋人との子供の妊娠やジェイデンの存在をとおし、
グレイスは自分の壮絶な過去と向き合うことになる。

*****

グループホームには、大学を休学して職場体験にきたネイトという青年がいる。
ネイトは自己紹介をする際に、「恵まれない子供たち」という言葉を使い
みんなを困惑させてしまうが、
ふいに私自身もどちらかといえばネイト側の人間ではないか、と思わされた。

物語では、「心に深い傷を負った」グレイスが、
子供たちを理解し、彼らとぶつかり、それでも信頼を得ていく様子が描かれる。
このことは、彼女自身が子供たちと同じ境遇だからこそ、
可能なのではないかという気がしてくる。
彼女がまだ若いことからも、単に経験から裏打ちされている
わけではないだろうことがうかがえる。


私は「あなたはどうせ恵まれているから」と言われることが
これまで少なからず、あった。
恵まれているために、そうでないひとの気持ちなんてわからない、と。
以前はそれに抗いたい気持ちがあったものの、
そうしたところで思い浮かぶ反論はどれもすぐに消えてしまう。
そして実際に、「気持ちがわからない」のはほんとうなのかもしれない、と
思うことが、大人になって仕事をするようになってから、何度もあった。
そのような「わからない」という気持ちとうまく付き合うことこそ
重要なのかもしれない。
親や家庭環境を選んで生まれてくることはできない、
それはみんな同じなのだから。




2020/03/31

ヨー言ワンワ

1年以上前に書き残していたもの。
とくに結論や自分の生活との関連づけはしていない。
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図書館でなにげなく手にとった『ものの言い方西東』(小林隆,澤村美幸著)に、
「大阪ことば」にみられる「当事者離れ」という手法が載っていて、
おもしろくて何度も読み返してしまった。

そのなかに例として挙がっていたのが、「ヨー言ワンワ」という、
「あきれて、私は何も言えないよ」というような意味(p.110)の言い方である。
あきれた状況をまのあたりにしても、「おかしいだろ」「何言ってるんだ」と
感情的に反応するのではなく、
「その場の状況のばかばかしさを、遠巻きに眺めている雰囲気が漂う」(p.110)。
「事件の当事者としてではなく、状況の外に立つ第三者として
事態のおかしさを味わおうとする姿勢」として、
「当事者離れ」の手法は説明されている。

さらに、このような手法は、自分自身のまぬけな行為に対してや、
相手に頼み事をするときにもとられるという。

2019/03/19

しゃもじ

祖母の言葉遣いはおもしろい。世代の違いだろうか。方言も関係あるのだろうか。

たとえば、他動詞を使うべきところに自動詞を使う。「鍵かけた?」ではなく、「鍵かかった?」。「コンロの火は消した?」ではなく、「コンロの火は消えた?」。鍵は「かけた」から「かかった」のであり、コンロの火は「消した」から消えたのだが。相手にしたかしていないかの行動の確認をしているはずが、言葉になっているのはその結果の部分である。いちばん気になっているのが結果の部分だからだろうなと思ってはいても、その言い方がおかしくて、私はいつまでたっても慣れない。

物の名前もそうだ。

祖母は、本来なら「おたま」と呼ぶべきもののことを、なぜか「しゃもじ」という名前で呼んでいる。「しゃもじ取って」。そう言われたので、ごはんをよそうときに使う、あの平べったい、そして先がゆるやかにカーブした、あれを渡そうとしたら、違っていた。祖母にとっての「しゃもじ」とは、「おたま」のことだったのである。「それ、『おたま』でしょ」と指摘すると、祖母は「おたま、って、いい名前やね」という感想までよこした。けれども明日も、祖母にとっての「しゃもじ」は「おたま」のままだろうと思う。

祖母は、当時の女性としてはめずらしく、大学の食物科を出ている。だから、「しゃもじ」と「おたま」を間違って覚えていることなんて、ないと思うのだけれど。不思議である。

2019/03/09

身ぶりとしぐさの人類学

わたしにはもともと、文化人類学への興味があった。今回、ひさしぶりに関連する本を手にとってみたのだが、それが『身ぶりとしぐさの人類学 身体がしめす社会の記憶』(野村雅一)である。

ひさしぶりに記録にのこしたいと思える一冊だったので、じぶんのメモをつらね、そして、思うところをかんたんにではあるが書きくわえていきたい。

「儀礼的無関心」(p.95-
知らない人間どうしが居合わせる状況での、アメリカ社会の作法。社会学者ゴフマンが名づける。
いつも儀礼的無関心をよそおうのではなく、とくに欧米の社会では、知らない人どうしでも、ほほえみやことばを交わすのが、エチケットとして認められる場合もある。
「儀礼的無関心のルールは、あいさつや積極的関与のルールと表裏の、緊張をはらんだ関係にあることがわかるだろう」p.98

英国滞在中、居合わせたひとたちの顔じゅうに広がるような笑みに、足がすくむような思いをしたことが何度もある。笑顔をむけられているのに、どこか近寄りがたいような、信じてはいけないような。それは、そのひとたちが数秒後には、さきほどの笑みなど嘘であったかのように、なんでもない表情になると知ったからではない。見知らぬひとも笑顔で「とりあえず」迎える、でも一歩も近づくことはさせない(と感じられる)。そのようなふるまいが、儀礼として、彼らのなかにしみついていることを、目撃してしまったからである。その、とりあえず迎えるが近づくことはさせない、というのが、やはりそれはそれとして、ひとつの「緊張」であることを、私はようやくこの一節から学んだのだった。

p.102)近代日本語の表現構造の、日本人の表情の乏しさへの影響
ことばに関心があるために、とくに印象に残ったこの部分によって、つい先日、インターネット上でみかけた「日本人は“いらっしゃいませ”といわれても、返事もしない」という意見に対して抱いた違和感が、ぬぐわれたのだった。ひとたび店に足を踏みいれればかならずといっていいほどかけられる「いらっしゃいませ」に、いったいどう返事すればいいのだろう。常連で、店員とも顔見知りだという場合なら、「こんにちは」などとあいさつをするのも自然だとは思うが。このほかにも、日本語には応答を必要としない表現がみられる。このような表現は、相手との交互のやりとりである「会話的」コミュニケーションと対極をなすものである(pp.102-103)。以下、これといった結論はないが、日本人のコミュニケーションの表現に関連して考えたことをつらねておく。
■NHKの「チコちゃんに叱られる!」という番組に、「なぜ“さようなら”と言うのか」という疑問がとりあげられているのをみかけた(201939日放送)。北海道弁では「したっけ」ともいう「さようなら」は、「それなら」という接続詞がもとであり、「これまではこうだったんだから、この後もね」という意味がこめられているという。ちなみに、現代日本語の共通語においては「さようなら」自体を接続詞でつかうことはないものの、わたしの北海道出身の友人によれば、「したっけ」は別れの言葉としてのみならず、接続詞としてつかわれる場合もあるという。
■同じ番組内に、小学校の教室で、一斉に「さようなら」をいう場面がながれていた。「さようなら」は相手もおそらく「さようなら」と応えるだろうから、「いらっしゃいませ」や「ごちそうさま」ほど「非会話的」コミュニケーションの形態とはいえないだろう。ここでいいたいのは、そのような、会話的かどうか、ということではない——もしかすると日本人のあいだでは、あいさつの表現が自動化されすぎているのかもしれない、ということだ。さきほどの「さようなら」にしろ、朝礼の「おはようございます」にしろ、給食をたべる前の「いただきます」にしろ、低学年のうちはとくに、みんなで一斉にすることがあたりまえのようになっている。また、アルバイトにしろ、正規雇用にしろ、店員となったからには「いらっしゃいませ」をいう練習をすることもある。
■自動化は、危うく、そして冷たいものだ。と思う。自動化されてしまった流れが、ふとした瞬間にぷっつりと切れると、途端にうまくいかなくなる。自動化されたうつくしい流れとのコントラストが、頭をもたげる。わたしはそういった場に居合わせると、居たたまれない気持ちになる。そういう瞬間をまのあたりにするのが怖い。あまりにも礼儀正しくしようと演じるひとが、苦手である。それくらいならむしろ、もっと「ふつうに」接してほしいと願うことすらあるが、それをなかなか許してくれない社会があることも、知っている。そしてもちろん、そのひと自身が悪いわけではない。自動化をすすめる社会や風潮のせいなのである。広く大きな社会の襞を、わたしたちにはかりしれぬ影響を及ぼしながら、ことばはたゆたってゆく。

「顔はまさに自分のものであって自分のものではないのである」(p.105)

p.117-)ふたりの人物の関係を、ひとはさまざまに解釈し、それが合っている場合もあれば、ずいぶんと的外れな場合もある。デーン・アーチャーがおこなった、ふたりの人物がうつるスナップ写真を被験者にみせ、彼らの関係を判読してもらう、という実験は、興味ぶかい。
「みられる側からいうと、他人からこのように勝手に読みとられることを知っているからこそ、それぞれの役を無意識に強調して演じてしまうのだろう」p.121

「われわれの感情は、ほんとうはじぶんの自由にならず、社会的場面に応じてつかいわけることが厳しく求められている」(p.123
ほんとうは笑うべきでない場面は、無数に存在する。それは暗黙のうちに、きびしく守られなければならない。しかし、それにくらべて、悲しみや怒りといったほかの感情は、そう厳格なルールがあるわけではないように感じられる。たとえば、まわりのひとがなんでもないと思う場面で涙を流したひとがいても、「感情豊かなのだな」ということで片づけられる。ルールを「守らなかった」からといって、きびしく咎められることは、場違いな笑いとはちがい、ないように思われる。笑いとはそれほどに、ほかの感情とは一線を画すものということなのだろうか。

p.150-)指さし、という行為は、それ自体がタブーとされている文化もあるという。西アフリカのフルベ族では、指さした瞬間に殴り合いの喧嘩がおこってもおかしくない。ギリシアの遊牧民のあいだでは、ひとはもちろんのこと、他人のヒツジを指さすのもタブーとみなされ、もしそのヒツジが病気にでもなれば、指さした人間の過失とされるおそれがある。欧米でも、相手への直接的な「警告」や「威嚇」、「非難」をあらわすために、指を相手の胸もとに突きつける。
p.153)このような高圧的な指さしの使い方がある一方、日本人のする指さしについて、筆者はつぎのように指摘する。
日常的な場面で「あなたはね」「かれはね」といいつつも、なにげなく指さしをおこなうことが多い。
日本人の会話の傾向(話の指示対象を明確にしない)との関連。
いま、だれのことを話題にしているのか、そのひとりひとりについてはっきりと示す必要性が高まってきた——それだけ人々の察しが悪くなってきたのではないか。(p.153)

2018/12/30

2018年12月までに観た映画と年間ベスト

今年は例年にくらべ、目に見えて劇場に行かない年になってしまった。
長い夏休みのあいだ、一度も劇場へ行かなかった。
環境ががらりと変わったのもあり、じつを言うとそれほど興味のある映画がなかったのもあり...劇場映画、不作な年でした(もちろん個人的に)
ということで(?)少ない公開映画鑑賞リストのなかでは、マイベストは『君の名前で僕を呼んで』


『パンズ・ラビリンス』
ついに観た.....
むかしから名前は知っていたけれど、うっかりみてしまうとトラウマになる?という話をどこかで聞いたこともあって、なかなか手にとる機会もなく。
メルセデス姉弟のやさしさ、強さだけが唯一の救いという気がした。

『オリエント急行殺人事件』
WOWOWにて鑑賞。なぜ観ようと思ったのかは忘れてしまったが、
ケネス・ブラナーのスタイリッシュなポアロの身のこなしに、最初からぐっと引きこまれた。
アガサ・クリスティの作品は、ほとんど馴染みがない。
旧作も未見だったので完全にまっさらな状態でサスペンスを楽しめた。
有名な作品なのでネタバレもなにもないとは思うが、水谷豊の『相棒』を見慣れている身としては、最後の選択に新鮮な驚きがあった。

『キング・アーサー』(2017)
チャーリー・ハナムに一時期はまっていたこともあり、彼の主演作ということで録画して鑑賞したが、「動いている俳優をみるのが楽しい作品、ということで...」と妙に冷静にみてしまった。
たまに流れる独特の挿入曲が印象的。
アメリカ映画なのかイギリス映画なのか、どちらの雰囲気もありつつもお互いにうまく溶け合っていないような、座りの悪さをおぼえた。話されているのはいわゆるイギリス寄りの言語だけれども、展開がどことなくアメリカ的。

『ボヘミアン・ラプソディ』
じつは音楽ものはそれほど得意ではない(最たるものがミュージカル)ためか、
話題なのは知っていたけれど特に観るつもりはなかった一作。
ところが私が映画好きなのをよく知る友人たちからの「観た?」
というメッセージの嵐に、たまたま別の友人を誘って劇場へ。
そのためにハードルを上げすぎたのか、観終えたときの感動はそれほど...
だったのに、さすがはQueenということなのか何なのか...
帰ってからいろいろ調べたり彼らの曲を手当たり次第に聴いているうちに、いつのまにか忘れがたい作品に。

最近はジムで有酸素運動しながら聴くのがマイブームになっている。
とくに、"Radio Gaga"は曲のスピードにあわせて歩くと気分がすうっとする。
"Somebody to Love"の歌詞には、思わず目の奥がぶわっと熱くなる。

...とQueenの曲の話ばかりになってしまったが、
フレディ・マーキュリーを、信じられないくらい圧倒的に演じたRami Malekのことはずっと忘れられないと思う。
全然知らない俳優だったけれど、Twilightシリーズやナイト・ミュージアムにも出ていたらしい。どちらも未見だが。

メンバーのなかでは一番地味な扱いだったし、作中ではいつ仲間入りしたのか完全に見逃してしまった(?)けれども、John Deaconを演じるJoe Mazzelloが気に入った。地味でおとなしいけれどもちょっと光るような、そんなキャラクターが好きだな。


思いもかけず『ボヘミアン・ラプソディ』で締めくくった1年でした。
目下のところ、年末に知って俄然楽しみになった『レベッカ』のリメイクの話を楽しみに生きようと思う。

2018/11/08

この世界の片隅に

1934年、広島・江波。浦野家の三人兄妹の長女として生まれ育ったすずは、のんびりした性格で、絵を描くことや空想が大好き。家族に囲まれ穏やかな日々を送っていたすずだが、18歳になったある日、呉に住む周作という青年に望まれ、嫁入りすることになる。周作は呉にある軍法会議で働き、父の円太郎も町の多くの人たちと同じように海軍で働いて生活していた。慣れない呉での生活、性格のためかなにかと辛くあたる義姉の径子の存在もあるものの、すずは持ち前の明るい性格で新しい生活になじんでいく。ところが、戦争の影は徐々に色濃くなり、やがて1945年の夏が迫ってくる。

先日、一緒に旅行した広島在住の友人にすすめられ、レンタルしてきた。
アニメ映画の感想を書くのは初めて。

牧歌的で淡いトーンの描写に、冒頭から全身の力が抜けるような気持ちになった。幼少期からのすずとまわりの生活が、淡々としているようで丁寧に時間を追って描かれる。周作との最初の出会いという、夢とも現実ともつかないエピソードも、同じような調子で溶けこむように示されていた(最初にみたときは周作との出会いに気がつかず、このシーンはもう一度戻って見直したのだが)。

戦時下の広島を描くもの、ということで、むかし家にあった『はだしのゲン』のことをひさしぶりに思い出した。原爆被害の描写ははるかに多くそしてむごい『はだしのゲン』。それに比べ、前述のように牧歌的で淡いトーンが全体を包みこんではいるものの、本作はそのなかで不意であったり部分的であったりして、衝撃的な場面が登場する。

現代から振り返ると、たしかに「戦争」はあった。そう私たちは理解している。けれども、当時の人々にとってそれは、「戦争」と名前を呼んではいても、よくわからない「何か」だ―日常を少しずつ少しずつ変えていき、気づけばなにが「日常」であったのか、始まりのわからない、それでいて突然終わりがやってきてつき放される、そういったものだったのかもしれない。
 

2018/07/23

伴奏者


(L'accompagnatrice / フランス / 1993)

1942年、ドイツ占領下のパリ。貧しい母子家庭で育ったソフィー(ロマーヌ・ボーランジェ)は、世界的オペラ歌手イレーヌ(エレナ・ソフォーソワ)の伴奏者となる。やがてイレーヌとその夫シャルル(リシャール・ボーランジェ)と同居、そしてともにロンドンまで同行するソフィーは、イレーヌの伴奏だけでなく身の回りの世話もする。コンサートで成功を収めても賞賛を浴びるのはイレーヌばかり、実はイレーヌの愛人ジャックにひそかに恋心を抱いてもいたソフィーは、イレーヌを愛しながらも、同時に彼女に嫉妬を覚えるようになる。イレーヌはロンドンでジャックと密会を重ねるが、やがて悲劇が起こる。


これもレンタル店で何げなく手にとった。以下、ネタバレあります。

戦時下で不穏な空気が漂う街並み、イレーヌの美しい歌声とソフィーの繊細なピアノの音色、大勢の人々を乗せた列車の煙や行きかう人々でいっぱいの駅、人物たちの絡み合う視線...静かで淡々とした描写ながらも、いろいろな感覚に訴えてくるような映画で、最後まで目が離せなかった。

まずはなんだかあどけない、見ていてなぜだか不安に似た気持ちを抱かせるような、ソフィーの表情が良い。無害で素朴なようでいて、実は心のなかは人知れず野望や嫉妬、いきすぎた好奇心でいっぱいである。それを見破りつつ(?)も、ソフィーを受け入れ、彼女を虜にするだけの魅力があると思わせるイレーヌの美しさは、全体的に暗い本作の雰囲気のなかで眩しいほど。

イレーヌとジャックの決定的な瞬間を目のあたりにしたときの、シャルル、というか演じるリシャール・ボーランジェの背中の演技がお見事。表情は一度も映し出されないのに、背中であそこまで語れるのか...!台詞もないが、本作で一番印象に残る場面だった。

ちなみにロマーヌ・ボーランジェとリシャール・ボーランジェ、親子である。それを知ってからは、親子ではない役柄なのに親子に見えてしかたがなかった(顔、思ったよりもだいぶそっくりである)。
また、本作では愛人同士だったイレーヌとジャック、演じた俳優はプライベートでも交際していたとか。
スペインからロンドンへの途上で出会いソフィーに恋する青年ブノワを演じた俳優、どこかで見たことある?と思ったら、マリオン・コティヤールと交際の噂のあった人であった...すでに亡くなっているようだが、話し方が印象的で、どことなくキリアン・マーフィーに似ていて素敵だった。 

おやすみなさいを言いたくて


(A Thousand Times Good Night / ノルウェー・アイルランド・スウェーデン/ 2013)

レンタル店へふらっと行き、おもしろそうと思った映画を持ち帰る、
という以前のような生活が戻ってきて、なんだかうれしい。

報道写真家のレベッカ(ジュリエット・ビノシュ)は、戦争の真実を伝えるために世界各地の紛争地域に果敢に飛びこむ、多忙な毎日を送っていた。アイルランドでは愛する夫マーカス(ニコライ・コスター=ワルドー)や二人の娘たちが待っている。ところがある日、取材中に爆発に巻きこまれ、危うく命を落としかける。そんなレベッカに、もう二度と紛争地域へは行かないでほしいと言う家族たち。レベッカはそれまで自分がどれほど家族に心配をかけ、彼らに支えられてきたのかを実感、仕事から身を引くことを考えるが...

使命感に燃えるレベッカと、彼女を心配し、彼女のそのような使命感に反感すら覚えはじめる家族、どちらの気持ちも静かに、細やかに描かれていた。どちらも最後までは譲れず、譲れるはずもなく、という展開が、言ってみればわざとらしくなくて良い。

死が身近な紛争地域と、家族の住むアイルランドの平穏な田舎町のコントラストも、見事。出てきた空港は、ダブリンの空港だろうか。何度か使ったことのある空港なので、どこか懐かしい思い。
 
最後は、どこか唐突に幕を閉じたような気がしたが、冒頭の彼女の行動との対比が生かされている。爆弾を抱えて出発するのが、自分の娘くらいの年頃の子供だと知ったとき、レベッカはもはや写真家ではなく、ひとりの母親となる。果敢にシャッターを切っていた彼女は、そこにはいない。 思わず膝を折り、その場に崩れる彼女の姿が、いつまでも印象に残る。

2018/07/20

あなたの腕で抱きしめて

 I dine hænder / In Your Arms / 2015


デンマーク、コペンハーゲン。孤独な看護師マリアは、不治の病をもつ青年ニールスの介護をしている。ニールスは、スイスでの安楽死を望んでいた。衝撃を受けるマリアだったが、彼の母親に頼まれて、ニールスとスイスへ同行することになる。


特に理由もなくゲオでレンタル。しばらくは観ていて「これはどこの国の言葉だろう」とそればかり考えてしまった。オランダ語?ドイツ語?と浮かんでは消えて、調べてやっとデンマーク語とわかる。デンマーク映画は2014年に観た『ロイヤル・アフェア』以来だ。

決して悪い意味ではなく「映画らしくない映画」だと思った。
台詞は少なめだが、ドキュメンタリー風のカメラワークながらも確実に時間が進んでいく。最初はぼんやりとしか見えない人物にも、徐々に、でも完全ではないながらも、形が見えてくる。この、完全ではないながら、というのが重要で、だからこそ自然で、心地よいほどに淡々としていて、いわゆるハリウッド映画を見慣れている人には、ちょっと物足りないかもしれない。

安楽死を描く物語、というよりも、安楽死を迎える人を見守り、その人の決意や死をなんとか受け入れようとする人たちの物語だと思った。
同じようなテーマで『世界一キライなあなたに』を思い出させるけれど、こちらのほうがずっと重い。

2018/07/15

セイフ・ヘイヴン


 Safe Haven / 2013


ボストンから、はるばるアメリカの南部の小さな港町サウスポートへとやってきた女性ケイティ(ジュリアン・ハフ)。そこで新たな生活を始めた彼女は、数年前に妻を亡くして以来、男手ひとつで2人の子供を育てるアレックス(ジョシュ・デュアメル)と出会い、惹かれ合っていく。近所に住む女性ジョー(コビー・スマルダーズ)とも仲良くなり、平穏な日々を過ごすケイティ。ところがある日、アレックスは彼女が全国で指名手配されていることを知り、動揺するが....

原作は『きみに読む物語』などのニコラス・スパークス、監督はラッセ・ハルストレム。めずらしく恋愛映画でも、と思ってレンタルしてきた。恋愛映画はあまり観ないので、ニコラス・スパークス原作の映画はこれが初めてとなった。

中盤までは、「ジョシュ・デュアメル好きだったらおもしろいかな~~」とぼんやりと観ていたが、真実が明らかになってからラストまでは目が離せない展開に。

そして、やっと平和を取り戻したかと思いきや、最後の最後にもっとびっくりな展開に。

と初見は驚かされてばかりで、また最初から観たくなる作品だったが、落ち着いて振り返るとやや詰めこみすぎでは?とも思わされた。映画だからこそ、それはそれで楽しめるからいいのだけれど。

※ここからネタバレ含みます。 




映画を観て「えっっ、」と声を上げてしまったのは久しぶりだった。
というのも、ケイティを執拗に追いかけていた刑事が彼女の夫だとわかった場面。

しかもその夫、ケヴィンは、最初はクールな敏腕刑事風だったが、徐々に異常な行動が目につくようになり、「ただ仕事熱心...なのか?」と思いきやよく飲んでいた瓶の中身はアルコール。
やっとケイティを見つけたころには哀れなほどダメ男と化していて、最後はビョーキ男に。俳優の演じ分けが見事だった。なぜか説得力があったもの。

番外編として、ケイティとケヴィンの出会いから関係の崩壊までを描いた作品がちょっと観たい気もした。逆を言えば、ケイティが最後までどういう女性なのかよくわからなかったから。 原作はどこまで描いているのだろうか。

2018/05/22

2018年5月鑑賞リスト

今月は劇場映画を2本!
よく行く映画館とその周辺が, アメリカの寂れた田舎町みたいだということに気づいて少しだけにやついてしまった. ちなみにアメリカへ行ったことはない. でも映画でたくさん見てる. はず.

『君の名前で僕を呼んで』
はじめてこの映画のことを知ったときはタイトルに「?」と思い,
それが原因ではないけれど内容も知らないまま何となくスルーしようとしていた.
なぜ観ようと思ったのか今では忘れてしまったけれど, 観て大正解!
まずはオープニングから「ただの映画ではない感」が一気に押し寄せる.
舞台そのままの80年代に制作された映画なのかと思った.
主人公エリオとその家族の生活があまりにも優雅で自由でうらやましい.
お父さんの最後の言葉が胸にじわじわ染みていく.
すばらしい映画体験だった.
あまりのすばらしさに現実に戻るのがつらい, と思ってしまう.
アーミー・ハマーが「ラブシーンより恥ずかしかった」と言っていたらしい彼のダンスシーンは必見である.

『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』
前述の『君の名前で~』を観たとき, この作品の予告編にお目にかかった.
どこからどう見ても「キツそう」な映画だという印象で, 観たらいろいろと吸い取られて疲れそうだな~と敬遠していたものの,「やっぱり観たい!映画!」と思い直し鑑賞.
これでもかというブラックコメディーだったものの,不思議と疲れなかったのはテンポの良さとキャストの熱演のおかげかな.
今作でゴールデングローブとアカデミー助演女優賞を獲ったアリソン・ジャネイ(『ジュノ』のあのお母さんと同一人物とはとても思えない)はさることながら, それ以上に無冠なのが納得できないほどエネルギッシュで目に焼きつくような演技を見せたマーゴット・ロビーが!すごかった!
事実は小説よりも奇なり.
エンドロールが粋だなと思いました. ほぼ事実を扱いつつも, 映画らしい映画.

★強烈な母親がトーニャに言った言葉
Hey! Kiss your mother goodbye.
kiss someone goodbye : to kiss someone when you leave or when they leave you
(Macmillan Dictionary etc.)
そのままの意味だが, kiss goodbye to someoneと言い換えることはできないだろう. goodbyeはkissの目的語ではなく, 副詞的なのかな?
また, イディオム的で皮肉的な以下のような意味もあるようだ.
to lose or end something, especially suddenly; to be forced to accept such a loss or end
(Example) 
You were caught drinking on school property? Well, you can kiss your brand new car goodbye, mister! (The Free Dictionary)

あとはどういうわけか(というか研究のためなんですが)『ワイルドシングス』を観て, どんでん返しの連続に最後は食傷気味に.
私はマット・ディロンを最初に見たのがたしか『メリーに首ったけ』だったので彼がイケメン俳優扱いされていたのが「?」だったのが, 『ワイルドシングス』を観たらなんとなくわかったような, そうでもないような.

2018/04/17

2018年1~4月:鑑賞リスト

『わたしは、ダニエル・ブレイク』
2018年初めて観たのが、この作品。レンタルした。
言ってみればかなり地味な作風、だからこそ現実的で、
ショッキングな場面が多かった。最後まで。
きっとよりたくさんの人に観てほしいというのもあっての、パルムドール受賞なのだろうな、と感じ入りながらエンドクレジットをただ茫然と見つめていた。

『ヒトラーの忘れもの』
第二次世界大戦後のデンマークに、地雷を除去するために送り込まれたドイツの少年兵たちの話。
初っ端から恐ろしさに震え上がるような迫力の軍曹、
どう関わっていくのかと思いきや、その少年兵たちが地雷を取り除くのを指揮するのだ。
「これは作りもの...映画...!」
と言い聞かせなければ本当にやっていられないシーンが続出し、
観たあとは疲労でいっぱいに。
それでもデンマークの自然の美しさや音楽にどうにか癒される。
そんな作品だった。
やっぱりアカデミー賞外国語映画賞、のノミネート作品や出品作品は見逃せない、と思う。

『ぼくとアールと彼女のさよなら』
どんな話なのか、病気の女の子が出てくるのか、そうか、と思って
とりあえず録画はしたものの長らく放置していたのが
一度再生ボタンに手をのばしたら見事に最後まで引きこまれた。
『ラブリー・ボーン』でも使われていたBrian Enoの曲と、ある場面でのコラボレーションが素晴らしいの一言。
音楽と映像と、それを目に焼きつける登場人物の表情だけであれほど感情をぐわんぐわん揺さぶられるとは思わず、気がついたら涙がこぼれていた。
でも悲しいからではなくて。圧倒されての、涙。

『シェイプ・オブ・ウォーター』
めずらしく友人と劇場で鑑賞。
人と観に行くと気まずい、というのをあとから知った、
まあそれが親じゃなくてよかった(笑)
好きか嫌いかと言われれば好きだし、観たあとはどっと疲れた(満足した)けれど、
正直なところ「1回でいいです」。

『メッセージ』
WOWOWにて。
サピア=ウォーフの仮説の勉強にはもってこい!これ観たら絶対忘れません!
言語学を専攻しているので、このいわゆる言語相対主義をつかって物語を作るとなるとこうなるのか、とそれだけで感無量だった。

『ライオット・クラブ』
私がイギリスでの留学をはじめた2014年秋ごろ、
町なかでポスターを見かけていた作品。
英国のイケメン若手俳優勢ぞろい、だけれど中身はとんでもない下衆。
実はオーストラリア出身のサム・リードの出演が嬉しかった。好きなので。
どうでもいいのですがposhのイギリス発音が好きです。

『レッド・スパロー』
気分転換と「スパイものが好き」という理由で劇場へ。
とんでもない豪華キャストだったので劇場の椅子のうえで驚いていた。
ジェニファー・ローレンスの七変化が楽しめるほか、
ロシアや東欧の怪しい雰囲気のなかでのスパイ活動、やはり映える。
ロシア人の設定なのにほぼ英語だったり、そもそもキャストにロシア人ほとんどいなかったり、そこがかなり引っかかって集中できなかった、のは最初だけ。
全体として楽しめた。
たしか前述の『シェイプ~』 の本編開始前にこの予告を見たのだが、
なんとなく、「お気楽な展開のハリウッド的スパイ映画?」と思いそれほど興味はなかった。もし同じ理由で鑑賞を見送ろうとしている人がいたら、おすすめしたいところだ。

2017/12/05

クリムゾン・ピーク


 Crimson Peak. 2015

20世紀初頭のアメリカ・バッファローで父親と暮らす女性イーディス. 彼女には幼い頃, 死んだはずの母親の幽霊に遭遇し, 「クリムゾン・ピークに気をつけろ」と警告されるという経験があった. ある日, 実業家である父親に投資を持ちかけるためイギリスからやってきたトーマス・シャープという男と惹かれあうようになったイーディスは, 父親の謎の死をきっかけに彼と結婚し, イギリスへ渡る. トーマスと彼の姉, ルシールと大きな屋敷で暮らし始めたイーディスだが, そこでさまざまな怪奇現象を経験することになる. 一方, イーディスの父親の死の原因について独自に調査をしていたイーディスの幼馴染である医師アランは, トーマスとルシール姉弟の素性を突き止め, イーディスを救うためイギリスへ渡るが...

監督は「パンズ・ラビリンス」「パシフィック・リム」などのギレルモ・デル・トロ. 彼の作品にはなんとなく苦手意識があったが,出演の顔ぶれに惹かれて鑑賞した. 特にミア・ワシコウスカとトム・ヒドルストンはともに大好きな俳優. 一方アラン役のチャーリー・ハナムが出演していることは, 彼の登場まで全く知らなかったので, 嬉しい驚きだった.

ホラー映画かと思いきや, ゴシック・ロマンという感じ?幽霊は, ビジュアルと効果音はたしかに怖かったが, じきに慣れてむしろジェシカ・チャスティン演じるルシールという人間の怖さが際立っていた.
あと注目すべきは3人が暮らす屋敷のディテール. たしかに素敵だけれども実際に住みたいとは思わない, 観賞用という感じ. 屋敷は実際にスタジオに作ったというのも驚き.

最後のイーディスとルシールの対決は少し滑稽だった. 一番強そうなアランが一番先に刺されてほぼ退場してしまっていたし(笑). 全体的に凝ったビジュアル, それにしては案外あっさりとした展開で, 物足りなさも感じたが, 久しぶりに映画を一本満足に観られたのでよかった.

2017/12/04

婚約者の友人

Frantz. 2016

1919年のドイツ. フランスとの戦いで婚約者フランツを亡くし悲しみに暮れるアンナはある日, 彼の墓の前で涙を流して立っている男性を見かける. ほどなくしてアンナとフランツの両親が暮らす家に訪ねてきた男性はアドリアンと名乗り, 戦前にパリでフランツと知り合い親しくしていたという. アドリアンが敵国フランスの出身ということで最初は彼を拒んでいたフランツの父, ハンスも, やがて彼の語るフランツとの思い出話に心を開くようになる. アンナ自身も, いつしかアドリアンに惹かれていくのだった. ところがアドリアンにはずっと隠していたことがあり.....

※ネタバレ少しあります.

モノクロ映画かと思いきや, 時々カラーになる凝った演出に, まず驚かされる.

アドリアンを演じるピエール・ニネの出演作は初めて. 彼のこの世のものとは思えない美しさにくぎづけになった. 迷い苦しみ, けれどもそれも自分のエゴのため. そんな青年を丁寧に演じており, そしてたまらなくお似合いだ. 手を触れた途端に崩れてしまいそうな儚さもある.

それに比べ, パウラ・ベーア演じるアンナは, ぴんと伸びた背筋にきりっとした顔立ち. 芯の強さが感じられる. 冒頭から, ドイツの街の石畳を踏みつつ堂々と歩いていく彼女の姿が印象的だった. そんな彼女が, 物語の終盤でピアノの演奏をやめて「もう, 無理」とその場を立ち去る場面には, 思わず体が重くなった.

そんなアンナが最後に選んだのは, 結局のところ「嘘」をつき続けること. すべてを明らかにしたアドリアン. それに対しアンナは, アドリアンすら思いもしないところで嘘をつき続けることとなる. 最後の絵の前の場面, あれは一つの嘘だったのではないかと感じた. 本当のことを言葉にしたところで, 喜ぶ者はいない. アンナにとっても, 彼を思い続けてもしかたがないのである.  絵を見ると, また切ない思いに苦しむことがあるかもしれない. しかし, これからもすべてを抱えて生きていくしかない. だから, 嘘ですべてを包みこむことを選んだのだ. 最後のその瞬間, モノクロだった画面は一気にぱあっとカラーになる. 安堵に似た感覚をおぼえた.

オゾン監督作品はこれまで「エンジェル」「ムースの隠遁」「彼は秘密の女ともだち」 の三作しか観ていない. 「スイミング・プール」はどことなく嵌れず, だったが,「危険なプロット」はぜひ観ておきたいところだ. あとはパウラ・ベーアのほかの出演作も観ておきたいと思う. もちろんピエール・ニネの「イヴ・サンローラン」も.

2017/09/17

最近観た映画まとめ

最近, というか, この空白期間に劇場で観た映画の備忘録, というか...

そのつど心動かされたはずなのに観たことすら瞬時に思い出せなくなっており, やはり少しでもいいから記録に残す大切さを痛感.

ということで一言ふたこと感想を加えつつ.


『こころに剣士を』
エストニアの映画, ということでもの珍しさもあり鑑賞.
フェンシングに打ちこむ子供たちと, 彼らにフェンシングを教える, 実は人に言えない過去をもった男性のお話. 実話である.
男性の後姿をこれでもかとなめるように映すカメラワークが印象的だった.
ラストはもちろん泣きました.

『スウィート17モンスター』
もう学園青春映画なんて観ないぞ!と思っていたはずが観てしまった.
自分もフローズンヨーグルトが食べたくなったし, 新しい自転車に乗ってどこかへ出かけたくなった.
主人公を見守る男性陣がみな素敵(いけ好かなかったはずの兄も含めて)

『シング・ストリート 未来へのうた』
行ったことのあるダブリンの街並みが最高でした.
もちろんサントラも!

『美女と野獣』
これ全然観るつもりなかったのだけれど, 友人に誘われて.
ダン・スティーヴンスの歌声が素晴らしすぎてずるい...素晴らしい...ずるい...
いまさら彼のファンになりかけたけれどもいまさらダウントン・アビー追えないな...と渋ってるうちに熱は冷めましたが.

『T2 トレインスポッティング』
興奮しないわけにはいかない一作.

『パッセンジャーズ』
学生最後の日に観たけれどほとんど印象に残っていない.
エンディングが大好きなImagine Dragonsだったことくらいしか覚えていない.


2016/10/12

世界一キライなあなたに

劇場に足を運んで観た映画を久しぶりに記録に残したくなったので。





(Me Before You; UK/US 2016)

原題のMe Before Youの意味が鑑賞後にじわりとわかる、その余韻がいつまでも残る。

基本的に映画の邦題にはあまり文句は言いたくない(いろいろ事情あるのだろうし)けれど、
この邦題はチケット買うときにちょっと恥ずかしかった(笑)

そもそも劇場には邦題もろくに覚えずに行き、さあチケットを買うぞというときに「あれ?邦題なんだっけ?」となってぎこちなく「えっと、世界で...世界一???」と言ってしまって、恥ずかしかった(笑)


環境が変わっても自分らしさを変えることのない人物の出る映画が好きだ。
今作では、そのラブストーリーに、というよりも、ルイーザというひとりの女性に、個人的には大きく共感した。

主人公のルイーザは英国の田舎の決して裕福ではない家庭出身。
家計を助けるために働いてきたカフェをやめさせられ、飛びついたのは事故が原因で車椅子での生活を送る大富豪、ウィルの世話係。
まったくあか抜けない田舎娘のルイーザは大富豪の家で働くことになっても変わることなく、奇抜なファッションで駆け回る。その姿、まぶしい笑顔に魅了された。

ハンサムな大富豪であるウィルと距離が縮まるのは当然のお約束、なのだけれど、その展開も速すぎず、遅すぎず、程よい。

天真爛漫なルイーザを見るために、もちろん同時に、ルイーザを丁寧に素敵に演じきったアメリア・クラークを見るために、再び劇場に足を運びたいと思う。

サントラも個人的にはかなりよかった。ウェールズで撮影された城も迫力があり美しい。



2014/07/03

美しい絵の崩壊

(Adore. 2013. オーストラリア・フランス)

【あらすじ】
親友の息子に愛されて、
と思いきや息子も親友を愛しちゃって...

※結末に関するネタバレはありません。

【感想】
そもそもなぜ観たのかというと、ベン・メンデルソーンとジェームズ・フレッシュヴィルがキャスティングされていたからでした。そうじゃなきゃ劇場までわざわざ観に行かなかっただろうと思います。

この2人は「アニマル・キングダム」で共演済み。この「アニマル・キングダム」に思いのほか夢中になってしまって。WOWOWさんのW座からの招待状は本当にいい作品ばかりで嬉しい。この作品がきっかけでいろいろ調べているうちに本作を知りました。まさか今頃公開されていたとは。ポスターがなかなかきれいで気になっていました。

初っ端から2人が親子役で出ていることを知り吹き出しそうに。「アニマル~」では全く違う役どころだったのに。更にジェームズ・フレッシュヴィルがなかなか気持ち悪く(大変失礼)成長していてちょっと残念でした。観ているうちに慣れたけれど。

内容に関しては、登場人物に全くついていけないながらもそこそこ楽しめました。たまには頭を空っぽにしてひたすら圧倒される映画を観るのも悪くないかなと思ったり。疲れてるせいなのか何なのか。もう一度通して観ようとは思いませんが。

ラストのどんでん返し?は意外と普通だったかな。私は観ながら事実確認がけっこうあやふやだったので、ちゃんと観て理解していれば「え!」と思ったのかもしれないけれど。

【個人的注目ポイント】
もうベン・メンデルソーンのことは上で語りましたが、

1. オーストラリア!!!
不覚にもオーストラリアに行ってみたいと思ってしまった...。暑いの苦手で海水浴なんて幼い頃に行ったきりの私にそう思わせるんだからすごいです(何様

2. ゼイヴィア・サミュエル
ナオミ・ワッツの息子でロビン・ライトを愛しちゃう役どころ。個人的には翳のある人の方が好きだけれどイケメンすぎて輝いてました。まぶしいイケメンは久しぶり。そしてナオミ・ワッツがお母さんとか、絶対ありえないだろうと思ってしまいました。もう一方のロビン・ライト×ジェームズ・フレッシュヴィル親子の方が現実にいそうでした(冷静な観察

調べたらいつのまにかエミリー・ブラウニングと交際してるみたいで。


結論:オーストラリアに行きたくなる映画だった

2014/06/28

グランド・ブダペスト・ホテル

(The Grand Budapest Hotel. 2014. ドイツ・イギリス)

【あらすじ】
殺人容疑をかけられてあたふた


※ネタバレちょっとありです。


【感想】
観る前からわくわくしてたのが最後まで続きました。

途中、「ちょっとやりすぎなんじゃない...?」とあくまでシュールを貫き通す描写に圧倒されつつも、きっと監督は楽しんで撮っているんだな~と視点をちょっと変えてみたら何とも言えない幸せな気持ちになりました(何様

私はウェス監督の作品では「天才マックスの世界」がダントツに好きでなんとなく元気のないときに観るといいということを最近発見してまた近頃集中的に観ているわけなんですが、結論から言うと個人的にこの「グランド・ブダペスト・ホテル」は、「天才マックスの世界」のように何度も観たい作品ではなかったかも。

でも「監督の最高傑作」という点では異論はありません。本当に手が込んでいるし作品のあらゆる部分を切り取って額縁に収めて眺めたいし、なにより本作の語りの構造が好き。まあ、単純に言うと最高傑作が必ずしもマイベストにはならないということでしょう。ちなみに「天才マックスの世界」好きとしてはマックスを演じた彼の登場は嬉しい驚きでした(もちろん知ってはいましたが)。

【個人的注目ポイント】
1. シアーシャちゃん.......!!!
どうせまた豪華キャストなんでしょ、と最初に漫然とキャスト一覧を眺めていたときに目に飛びこんできて驚かされたのがシアーシャ・ローナン。「ビザンチウム」を観た直後だったからか、彼女にウェス・アンダーソンの世界は合うのか?なんて余計な心配を一瞬しちゃった。

シアーシャちゃんの、少し気が強そうで凛とした感じがこの作品のややゆるい雰囲気と妙に合っていて面白かったです。主人公のゼロがあまりに思わせぶりな言い方をするので、(シアーシャちゃん演じる)アガサはもしかして殺されちゃうの!?という心配を観客に植えつけた上での演出には、やられたな~と思いました。

2. ホテルの内装が
観ているときは思わなかったけれど振り返るとどことなく「アイズ・ワイド・シャット」みたいでした。ロビーが、背の高い男性が集まってちょっと薄暗くなっているところとか思いがけず素敵だったな。


あと、本作には3つの時代が登場するのですが、それによって画面のサイズが変わるという工夫がありました。観ているときはそんなサイズの変化にちょっとだけ気づいていたような気もしますが、あとから調べてびっくり。本作のそういった細部にこだわる世界観を堪能するためにも、もう一度観るのも悪くないかな。

2014/06/24

シャドー・ダンサー

(Shadow Dancer. 2012. イギリス)

【あらすじ】
IRAの戦士なのに英国のMI5のスパイになっちゃうシングルマザー

※内容や結末に関するネタバレあり

【感想】
暗い...とにかく暗い...!!

冒頭からいきなり引きこまれました。いきなり弟が死んじゃうんですもの。

IRAの活動のことはあまりよく知らなかったんですが、これが90年代の話とは...。90年代生まれなのでなんとなく震えながら、緊張しながら見入りました。

印象的だったのは、街並みとコレットの家族のシーン。

あんなに危険と隣り合わせのようでいて、でも街を出れば道路では子供たちが無邪気に遊び回っていて。不思議で信じがたいような光景でした。

(マックによれば)行きずりにコレットが寝た男との間にできた息子に、活動家の兄や弟も含め家族が惜しみなく愛情を注ぐ場面はまぶしかったです。むしろそういう複雑な事情で生まれた男の子の存在あってこそ、家族愛がうまく描かれていたのではないかな。家族愛、そして兄弟愛、大きなテーマですね。

この映画の好き嫌いが分かれるだろうと思われるのはあの衝撃のラスト。
「矛先が違わないか?」「マックは助けてくれたのになんてことを!」という意見がtwitterやブログで見たところ多かったような気もしますが、私はむしろ、「こういう終わり方もあるんだな~」と感心に似た思いで胸がいっぱいに。もちろん許されないことですけど。

まあ、血の繋がりをナメちゃいけないんだよな、と。

そもそも、マックがコレットに頼んだことは、コレットにとっては実の兄弟への裏切りでしたからね。家族が一緒にいるシーンが何度も映し出されて印象的だった分、私には(もちろん許せない行為ではあるけれど)納得できるような気がしました。母親の、電話を受けたあとの死を覚悟するシーンもよかったです。観ながら、思わずため息が。

原作があるみたいなので、機会があったら読んでみようかな。と思うくらいにははまりました。

キャストについては、マック演じるクライブ・オーウェンがとてもよく合っていました。渋くて強そうでいて、MI5の同僚たちが戸惑いを覚えるほどにコレットにのめりこんでいくどうしようもない男。ジャンルは全く違うけれど「クローサー」での彼を思い出しました。

アンドレア・ライズボロー、この人の作品はもっと観ていきたいです。彼女が本作でよく身につけていた真っ赤なコート、絶対目立ちすぎでしょ(笑)と思いながらもそのビジュアルにはうっとりしてしまいました。

【個人的注目ポイント】
1. アイルランドの鬱蒼とした風景
こういう景色がたまらなく好きなので。

2. コレットのお兄さん
一度見たときはあまり何も思わなかったし、第一印象も、コレットが冒頭で捕まったことに対し、しれっと「バカだな」みたいなことを言うのでそんなに良くなかった。けれども見ているうちに、「こんなお兄ちゃん欲しいかも」と思ったり(なんか違う


アイルランドの風景や街並みの寒そうで寂しげな雰囲気に加え、家族愛を描く映画がたまらなく好きなので、一度観ただけで気に入りました。